韓国の大統領選における反日言動に対し、日本側の視線は年々冷え切っている。主要ポータルサイトのニュースコメント欄やSNS(X、旧Twitter)、ネット掲示板を定点観測すると、日本世論には怒りを超えた「学習効果による諦念」が定着していることがわかる。
【日本国内の主なネット世論・コミュニティの生の声】
- 「また始まったか、という印象しかない。大統領が変われば合意も条約も平気で覆す国とは、これ以上深い約束を交わしても意味がない。」(50代ビジネスパーソン・ネットニュース投稿)
- 「尹大統領がどれだけ努力しても、次の政権が革新派になればすべて白紙に戻るのだろう。日本側が歩み寄る必要は一切ない。」(30代男性・SNS発言)
- 「エンタメや旅行は好きだけど、政治や歴史の話になると急に態度が変わる。日韓の距離感はビジネスと観光だけに割り切るのが賢明。」(20代女性・知恵袋投稿)
現場取材を通じてソウル特派員や外交関係者の証言を拾うと、現地に暮らす一般市民の本音は日本のネット空間の解釈ともまた異なる。「政治家がテレビで日本の悪口を言っているのを見るとうんざりする。物価高や雇用不安を解決できない政治家ほど歴史問題を持ち出す」という冷ややかな声が、特に中間層から多く聞かれる。しかし、投票所に足を運んだ瞬間に「相手の親日政権を許していいのか」というネガティブキャンペーンの同調圧力に呑まれてしまう。この「市民の日常の合理性」と「選挙空間の狂乱」のギャップこそが、長年解決されない日韓の構造的悲劇である。