サンリオ歴史の真実|絹の会社から世界的Ipへ!キティ誕生とV字回復

サンリオ歴史の真実|絹の会社から世界的Ipへ!キティ誕生とV字回復

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常に順風満帆に見えるサンリオですが、その歩みは度重なる危機との戦いでもありました。象徴的な苦境が、1990年12月に東京都多摩市にオープンしたサンリオピューロランドの歴史です。

日本初の全天候型屋内テーマパークとしてオープンした同施設は、バブル経済期に総工費約650億円を投じて建設されました。しかし、直後にバブルが崩壊。巨額の減価償却費と維持費が重くのしかかり、長年にわたって赤字を垂れ流す構造的な重荷となったのです。「大人が一人で行く場所ではない」「アトラクションが固定化している」という批判を受け、集客は低迷を極めました。

このテーマパークの苦境を救ったのが、2014年に館長へ就任した小巻亜矢氏(現・株式会社サンリオエンターテイメント代表取締役社長)の改革でした。現場スタッフの意識改革を進め、大人女性が没入できる本格的なミュージカルショーの導入や、SNS映えするフードメニューの開発、クラウドファンディングの活用などを断行。ピューロランドは「大人の癒やし空間」として奇跡的な黒字化を遂げました。

しかし、次に訪れたのが全社的なサンリオ経営危機の真相です。2010年代初頭、元専務の鳩山玲人氏らが推進した海外ライセンスビジネスが大成功を収め、2014年3月期には営業利益210億円という当時の最高益を叩き出しました。だが、特定の海外大型ライセンシーに依存しすぎた結果、ライセンス契約の一巡や現地の市場変化に追随できず、業績は急降下。2015年3月期から2026年3月期にかけて実に6期連続の営業減益という深い闇に突入したのです。

直営店の売上減少、デジタル化の遅れ、そして「ハローキティ一本足打法」の限界。サンリオは創業以来最大の構造転換を迫られていました。

石川 優花
著者

石川 優花

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。