横山裕が本名じゃない理由|侯隆からの改名秘話と芸名を貫く覚悟の真相

横山裕が本名じゃない理由|侯隆からの改名秘話と芸名を貫く覚悟の真相

横山裕が本名じゃない理由|侯隆からの改名秘話と芸名を貫く覚悟の真相の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。

横山裕の本名は、漢字で「横山侯隆」と書き、読み方は「よこやま きみたか」です。「侯」という字は貴族の爵位(諸侯・侯爵)などに用いられる格式高い文字であり、「隆」は繁栄や高さを意味します。名付け親である祖父が「品格があり、周囲から慕われ、大きく繁栄するように」という願いを込めて命名したと本人が明かしています。

ネット上やSNSでは、大阪市立此花中学校時代の卒業アルバム画像が度々話題にのぼります。その白黒写真の下部にはしっかりと「横山侯隆」と本名が記されており、当時から端正な顔立ちと涼しげな目元が際立っていたことが確認できます。大阪府立西野田工業高校(定時制)へ進学した経歴を持ち、少年時代から自活を意識して建設現場などでアルバイトをしていたことは有名な話ですが、地元や同級生の間では当時から「きみたか」「きみ」と呼ばれ親しまれていました。

関ジャニ∞結成初期のラジオ番組やメイキング映像を振り返ると、盟友である渋谷すばるや村上信五が、カメラの回っていない場面や自然体のトーク中に彼を「きみくん」と呼んでいた場面が少なからず記録されています。ビジネスネームとしての「裕」が世間に浸透した今でも、古くからの仲間や一部の熱心なファンにとって、「侯隆」という響きは彼の剥き出しの人間性を象徴する特別な名前であり続けています。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。