辺野古現地を訪れると、キャンプ・シュワブの工事車両用ゲート前には、看板や横断幕が所狭しと掲げられ、プラスチック椅子に座った参加者たちが工事用トラックの進入を阻止しようと構える光景が日常化しています。2014年7月に始まったゲート前の常時座り込みは、すでに数千日を突破しました。
しかし、現在の現場を直視したとき、避けられない2つの深刻な問題が浮上しています。第一に「運動参加者の深刻な高齢化」です。現場で座り込むメンバーの平均年齢は70代を超えており、炎天下や冬の海風が吹きすさぶ過酷な環境下で、機動隊員に抱えられて強制排除される光景は肉体的な限界を感じさせます。若い世代の沖縄県民の姿は極めて稀であり、後継者不足が運動の継続性に大きな影を落としています。
第二に、協議会を揺るがした「海上抗議船の転覆死亡事故」とそれに伴う安全管理責任です。名護市辺野古沖において、ヘリ基地反対協議会が運航に関与していた小型船が転覆し、船長とともに乗船していた同志社国際高校の女子生徒が犠牲となる痛ましい事故が発生しました。この事故を受けて、共同代表の仲村善幸氏らは記者会見を開き、「若い命を失い深くおわび申し上げる」と頭を下げて謝罪しました。
しかし、遺族側が記者会見で語った無念の思いや、当日の気象海象判断、船舶の安全設備・登録状況に対する疑問が噴出。琉球新報や沖縄タイムスをはじめとする地元メディアのみならず、全国紙でも大きく報じられました。「平和運動や抗議行動の正当性を掲げるあまり、安全配慮義務が疎かになっていたのではないか」という厳しい視線が、現在も組織に向けられています。