屁負比丘尼の主たる仕事内容は、主君の娘やお嬢様が他家への訪問、お寺参り、観劇、そして何より「お見合い」の席で万が一にもおならをしてしまった際、間髪を入れずに立ち上がることでした。
周囲が静まり返る中で「大変失礼いたしました、今の不作法は私でございます」と深々と頭を下げ、すべての視線と嘲笑を一身に引き受けます。これにより、お嬢様は何食わぬ顔でその場をやり過ごし、傷物としての悪評を免れることができました。
なぜここまで徹底した身代わりが必要だったのか。その理由は、当時の日本における極端な「恥の文化」と家督制度にあります。江戸時代の武家や富裕層にとって、娘の縁談は家同士の政治的・経済的な大事業でした。もし正式な見合いの席で妙齢の女性が生理現象の失態を演じれば、即座に破談となるばかりか「あそこの娘は行儀がなっていない」と悪い噂が立ち、一家全体の面目が丸つぶれになったのです。場合によっては、あまりの恥辱から娘が自ら命を絶ってしまう悲劇すら記録に残っているほどでした。
そのため屁負比丘尼は、単におならを引き受けるだけでなく、荷物持ち、道中の身辺警護、マナーの指南役、さらには物が落ちたときのフォローまで、お嬢様の尊厳を守る総合的な「リスクマネジメント要員」として機能していました。