父の背中を見つめて育ち、やがて日本を代表する大女優へと駆け上がったのが実の娘である十朱幸代だ。家庭内における十朱久雄は、厳格な演技指導者というよりも、芸の厳しさと面白さを自らの生き様で静かに示す父親だったと伝えられている。
娘が女優の道を志した際、手取り足取り手ほどきをすることはなかった。だが、現場での礼節、裏方への敬意、役柄に対する真摯な向き合い方は、言葉を交わさずとも幸代へと自然に受け継がれていく。後に舞台や映像で鮮烈な光を放つ十朱幸代の凛とした佇まいや、台詞の奥に滲む情念の深さは、父・久雄が培った演技哲学の正統な継承と言えるだろう。名優親子が紡いだ見えない絆は、日本芸能史における美しい系譜の一つだ。