1990年代末に産声を上げた「ほんとにあった怖い話」の源流をたどると、朝日新聞出版が手がける同名ホラーコミック誌の緻密な読者投稿文化に行き着く。紙面に渦巻いていた市井の人々の恐怖体験を、フジテレビジョンがドラマ仕立てのオムニバス形式へと昇華させた試みは、当時の民放ドラマにおけるホラーの文脈を根本から塗り替えるものだった。
映像表現の根底を支えたのは、「Jホラーの父」と称される映画監督の鶴田法男だ。怪異の姿をあからさまに見せるのではなく、間や静寂、日常の音のズレによって恐怖を増幅させる鶴田の演出美学は、日本の映像界に革命をもたらした。ジャンプスケア(突然の脅かし)に頼らない、じわじわと理性を侵食する不穏さこそが、この番組を国民的怪談番組へと押し上げた決定的な要因である。