この楽曲の言葉が持つ独特のニュアンスを語る上で欠かせないのが、元Supercarのいしわたり淳治と越智志帆の共同作業だ。もともと原曲にあったメロディに対して、幾度も推敲を重ねながら言葉が選ばれていった経緯がある。
「花束を渡す」という行為自体、日本人の感覚からすると少し恥ずかしく、気取った印象を与えかねない。しかし、歌詞のなかでは「柄じゃないけれど」「笑ってしまうくらい」といった客観的な視点が配置されている。この絶妙なセルフフォローが聴き手の心理的ハードルを下げ、「自分も大切な人に思いを伝えたい」という共感を強力に引き出すのだ。