作家として確固たる地位を築いた灰谷健次郎は、都会の文壇から距離を置き、自らの生活そのものを変革する旅に出ます。その象徴となったのが、兵庫県・淡路島での農的生活と、それに続く沖縄への移住でした。
1970年代末から始まった淡路島での暮らしでは、妻とともに田畑を耕し、魚を獲り、自然のサイクルに身を委ねる自給自足的な生活を営みました。便利さを追求する消費社会へのアンチテーゼとして、土に触れ、生き物を育てる営みの中に「人間の本来あるべき姿」を見出そうとしたのです。
その後、灰谷は沖縄の渡嘉敷島や沖縄本島へと生活の場を移します。沖縄戦の凄惨な歴史や米軍基地問題に向き合いながら、島の人々の温かなコミュニティに身を浸しました。沖縄での暮らしは、代表作の一つである『太陽の子』の執筆や、平和への強いメッセージ発信へと直結していきました。