京都の書店事情に詳しい年配の読者ならご存知の通り、かつて「恵文社」は一乗寺店だけの単独店ではありませんでした。京都府内を中心として、各地域に複数の系列店舗・提携店舗を擁する書店ネットワークを形成していた歴史があります。
恵文社は、地域の知識欲を満たす拠点として各主要エリアに店舗を配備していました。例えば、金閣寺店、岩倉店、高野店、そして西大路店などがその代表格です。さらに、JR長岡京駅前の再開発ビル「バンビオ」内に展開していたバンビオ店など、時代ごとに様々なアプローチで店舗網が構築されていました。
当時の恵文社各店は、中央の巨大書店チェーンのような厳格な直営管理というよりも、暖簾分けに近い形態や各店の裁量が大きい緩やかな連携体制を取っていたとされています。そのため、各店がそれぞれの地域特性に応じた棚作りを行っていました。西大路店はビジネスパーソンと生活者が交錯する西大路通の動線に合わせ、実用書や週刊誌、新刊エンタメ本を素早く供給する役割を担っていたのです。
しかし、1990年代後半から2000年代にかけての大手取次主導の流通再編、大型複合書店の乱立、そして郊外型ロードサイド店舗の台頭によって、小回りの利く街の本屋ネットワークは次々と採算割れに追い込まれました。結果として各店舗は順次その役目を終えて閉店し、最終的に「恵文社」の屋号と独自の哲学を孤高の形で現代へ引き継いだのが、現在の株式会社恵文社が運営する一乗寺店だけという構図が完成したのです。