長崎原爆の日はなぜ8月9日?小倉から変更の真相と11時2分の祈り

長崎原爆の日はなぜ8月9日?小倉から変更の真相と11時2分の祈り

長崎原爆の日はなぜ8月9日?小倉から変更の真相と11時2分の祈りとはどんな影響があるのか? 詳しい意味を簡潔に解説します。

原爆は長崎市街北部の松山町上空約500メートルで炸裂しました。強烈な熱線と爆風、そして目に見えない放射線が街を襲い、爆心地から約1キロメートル以内の建造物はほぼ壊滅状態となりました。

長崎原爆による犠牲者数は、1945年末までに約7万4000人に達したと推計されています。さらに同規模の負傷者が発生し、生き残った人々も急性放射線障害やその後に発症したがん、白血病などの後遺症に生涯苦しめられることとなりました。

毎年8月9日の長崎原爆の日には、原爆投下時刻である午前11時2分に合わせてサイレンが市内全域に鳴り響きます。市民や平和祈念式典の参列者は一斉に手を合わせ、犠牲者の冥福を祈るとともに、核兵器のない世界の実現を願って1分間の黙祷を捧げています。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。