プロボクシング界を沸かせ、激しい猛ラッシュでKOの山を築いた若き日の赤井英和。彼が1980年代半ばに人生を共にしたのが、最初の妻だった。当時、日本プロボクシング協会の期待を一身に背負い、世界タイトルへと突き進んでいた赤井を、彼女は陰ながら献身的にサポートしていた。
しかし、1985年の命がけの一戦で敗れ、急性硬膜下血腫により死の淵をさまよったことで事態は一変する。開頭手術を経て奇跡的に一命を取り留めたものの、ボクサー生命は絶たれた。失意と混乱の中、夫婦の間に生じた亀裂は徐々に大きくなり、1990年頃、ふたりは別々の道を歩むこととなった。ふたりの間には幼い娘たちが残された。