「ヒロシ&キーボー」として鮮烈なデビューを飾ったのは、兄・黒沢年雄(現・年男)を持つ実力派シンガーの黒沢博と、抜群の歌唱力を誇る山田喜代子でした。二人の絶妙な掛け合いとコントラストは、世間に「本物のカップルではないか」と錯覚させるほどの説得力を持っていました。
しかし、大ヒットの栄光の裏でユニットの活動期間は決して長くはありませんでした。セカンドシングル「危険清算」などをリリースしたものの、デビュー曲のインパクトが余りにも強大だったこと、さらに音楽性の違いやプロデュース方針を巡り、ユニットはデビューからわずか数年で事実上の解散状態へと向かいます。
その後の二人の人生は対照的でありながら、それぞれが波乱に満ちた道を歩みました。
黒沢博はユニット休止後もソロ歌手やタレントとして活動を継続。実業家として飲食店経営などを手掛ける一方、2010年代以降には重度の前立腺がんを患うなど健康面での過酷な試練に見舞われました。しかし、過酷な闘病生活を乗り越えて見事に現場復帰を果たし、メディアやステージで精力的な歌声を届け続けています。
一方の山田喜代子は、ユニット離脱後に一時芸能界から距離を置き、一般生活を送りながら静かに暮らしていました。しかし、音楽への情熱が途切れることはなく、後年には「キーボー」としてのソロ活動や懐かしの歌謡ショーへゲスト出演するなど、変わらぬハスキーで艶のあるボーカルを披露。過去のインタビューや手記においても、突然のブレイクに伴う重圧や当時の葛藤を赤裸々に振り返りつつ、「三年目の浮気という名曲に出会えたことは人生の誇り」と語っています。