1996年、社会現象となった『ロングバケーション』で、北川の劇作術はひとつの頂点を極める。木村拓哉演じる不器用なピアニスト・瀬名秀俊と、山口智子演じる婚約破棄された元モデル・葉山南。二人の軽快な掛け合いは、台本であることを忘れさせるほど自然で、どこか音楽的ですらあった。
「何をやってもうまくいかない時は、神様がくれた長い休暇だと思えばいい」――劇中で語られたこのフレーズは、バブル崩壊後の漠然とした不安を抱えていた日本社会に深く浸透した。木村拓哉という稀代のスターが持つナイーブな少年の脆さを引き出し、等身大の人間としてスクリーンに定着させた功績は極めて大きい。アドリブと見紛うテンポの良さは、緻密な計算と研ぎ澄まされた感性のせめぎ合いから生まれた結晶だった。