源氏名の原義は、「本名を伏せて仕事や公の場で名乗る通称・仮名」を指します。この言葉の直接のルーツは、平安時代中期に紫式部によって執筆された不朽の長編小説『源氏物語』にあります。
平安期の宮廷社会において、貴族の娘が天皇や皇族、高官の身の回りの世話を行う「女房(にょうぼう)」として宮仕えをする際、身内の間でしか使わない本名(諱・いみな)を公の場で口にすることは厳忌とされていました。そこで、父や兄弟の官職名(例:大納言の局、少納言)や、当時貴族社会で教養の象徴として大流行していた『源氏物語』五十四帖の巻名や登場人物名(「葵」「夕顔」「紫」「空蝉」「朧月夜」など)を拝借して呼び名としたのが「源氏名」の始まりです。
『源氏物語』にちなむ名前を名乗ることは、単なる記号的な呼び名ではなく、「王朝文化の教養と雅やかな品格を備えた女性である」というステータスを示すブランドでもありました。この貴族文化の慣習が、時代を下るにつれて上流階級から市井の芸能や接客の場へと波及していったのです。