徳川幕府による厳重な監視体制のもと、旅の必需品であった通行手形。これまでは「庶民にとって手形の取得は至難の業だった」と語られることが多かった。しかし、2026年に公表された各地の庄屋文書や寺院記録の包括的データベース解析により、その定説は覆りつつある。
実際には、普段所属している菩提寺が発行する宗門改手形や、地元村役人が発行する旅手形の手続きが極めてシステム化されていた。所定の申請理由さえあれば、農民や町人であっても数日で発給を受けることができたという。行政システムとしての実用性は極めて高かったのだ。
だが、真のハードルは金銭面にあった。幕府が整備した五街道をたどる旅において、各宿場町での滞在費用は現代の価値で素泊まり4,000〜5,000円、朝夕食付きで1万2,000〜1万5,000円前後に達した。さらに川渡しの人足料や飛脚の手数料が上乗せされる。長旅を成功させるには、入念な資金計画が不可欠だった。