ステージでのパフォーマンスや劇中での脱衣、あるいはエモーショナルな濡れ場において、コムアイが見せる佇まいにはどこか生々しくも透明な狂気が宿っている。単に話題性を狙った露出ではない。骨の髄まで役や楽曲の世界観に没入した結果として、衣服を脱ぎ捨てざるを得なかったような、切迫した必然性を感じさせるのだ。
観客はそこに、あからさまな性的アピールではなく、もっと根源的な「生命の躍動」を見る。人間の生の生々しさを一切誤魔化さずに差し出す姿勢こそが、見る者の胸を締め付け、時に強烈な磁力となって人々を惹きつけてやまない。