近代漫才のパイオニアとして歴史に名を残す横山エンタツ。その息子として生を受けたことは、彼にとって誇りであると同時に、終生背負い続けなければならない重い十字架でもあった。父親の名声に頼ることを極端に嫌った彼は、本名ではなく自らの力で道を切り拓くことを誓う。
芸名である「花紀京」の由来には、芸界の歴史と彼の意地が凝縮されている。父の相方であった花菱アチャコの「花」、父エンタツの「紀(タツ)」、そして自らが育った愛着ある土地「京都」の頭文字を組み合わせたものだ。偉大な先達への敬意を胸に秘めつつも、親の七光りを徹底的に排除し、大道具の運搬や舞台袖の雑用から泥臭くキャリアをスタートさせた。自らの腕一本で観客を笑わせてみせるという気骨こそが、彼の原点だった。