登戸駅周辺の風景がここまで一変した最大の理由は、川崎市多摩区主導で進められてきた「登戸土地区画整理事業」にあります。計画決定は1988年(昭和63年)にまで遡り、対象面積は約37.3ヘクタールという市内有数の巨大プロジェクトです。
かつての登戸駅前は、大正から昭和初期にかけて自然発生的に発展した商店街や住宅が密集しており、緊急車両が進入できない細街路や防災上の脆弱性が長年の深刻な課題となっていました。さらに、小田急小田原線とJR南武線が交差する神奈川県北部の主要ターミナルでありながら、駅前広場が極めて手狭で、歩行者と路線バス、タクシーが錯綜する危険な状態が続いていたのです。
こうした構造的な弱点を根本から解消し、「安全で快適な広域拠点都市」へと再生させることこそが、登戸駅前の再開発に踏み切った決定的な理由でした。権利関係の複雑な土地の換地や建物の移転交渉には30年以上の歳月を要しましたが、粘り強い事業推進の結果、かつての面影を残さないほど開放的で安全な都市空間が現実のものとなりました。