加藤九段の魅力は、その強烈な個性と盤上にかける純粋すぎる情熱から生まれた数々のエピソードにあります。一般には「奇行」や「笑い話」として消費されがちな逸話の数々ですが、その本質はすべて「1パーセントでも勝率を高めるための極限の合理主義」から生じたものでした。
対局中のエネルギー補給として「みかんを一度に数十個食べる」「板チョコレートをバリバリと何枚も完食する」「対局中に冷やし中華と天ざるうどんをダブルで注文する」といった豪快な食事伝説は有名です。脳が極度の糖分と熱量を消費する長時間のタイトル戦において、加藤九段は本能的に自身のパフォーマンスを維持する方法を実践していました。
また、対局室の環境に対する徹底的なこだわりも伝説となっています。対局場の庭にある池の「滝の音がうるさくて集中できない」と旅館に頼んで滝を止めさせた話や、エアコンの温度設定を巡って相手棋士と激しいリモコンの攻防を繰り広げた逸話は、一切の妥協を許さない勝負師としての気迫を物語っています。
自著やインタビューにおいて加藤九段は、「将棋盤の前に座れば、相手に対する遠慮など一切無用。最善の手を指すことだけに命を懸けていた」と述懐しています。直感で数万通りの手を読み切る「一分将棋の神様」としての研ぎ澄まされた集中力は、こうした徹底した自己規律と勝利への執着によって支えられていました。