あの日、日本武道館の空気は重く張り詰めていた。各国の要人や政財界の顔ぶれが居並ぶ中、菅義偉が歩み出たのは「元首相」としてではなく、あくまで一人の「友人代表」としてだった。普段の記者会見で見せていた淡々とした鉄仮面の表情はない。手元の原稿を見つめながら、時に視線を宙に漂わせ、絞り出すように紡がれる声には、隠しようのない喪失感が滲んでいた。
「総理、あなたの判断はいつも正しかった」
その率直な吐露は、長年にわたり官邸の屋台骨を支え続けた側近だからこそ持ち得る重みを持っていた。計算された政治的レトリックではなく、腹の底から湧き出る生身の言葉。会場を埋め尽くした参列者が息を呑み、静まり返った空間に菅の呼吸の乱れだけが反響していた。