十代目馬生の家庭人としての横顔を語る上で欠かせないのが、実娘である女優・池波志乃とのエピソードです。後年のテレビ特番や自著・回想録の中で、池波志乃は父について「普段は物静かで優しく、家の中でも常に着物をまとい、芸のことばかり考えていた人」と述懐しています。
日常の立ち居振る舞いそのものが落語の稽古であり、江戸情緒の体現者であった十代目でしたが、その生涯は過酷な病魔との闘いでもありました。50代前半で食道がんを患った際、医師から提案された手術を受けると声を失うリスクがあると知るや、「噺家が声を失っては生きていけない」と断固として治療を拒絶し、声を維持したまま高座に上がり続ける道を選びました。
1982年9月、十代目金原亭馬生は54歳の若さでこの世を去りました。最後の瞬間まで喉を絞るようにして古典落語の美を語り続けたその姿は、芸に命を捧げた昭和の職人の壮絶な生き様として、娘である池波志乃や門弟たちの心に深く刻み込まれています。