金沢の郷土料理として名高い治部煮ですが、その名がつけられた理由には複数の興味深い歴史的背景が存在します。最も広く知られているのが、安土桃山時代に豊臣秀吉の兵糧奉行を務めた岡部治部右衛門(おかべ じぶえもん)が、朝鮮出兵の際に現地から持ち帰った鳥料理をルーツとする説です。治部右衛門が考案し、前田利家が金沢城へ入城した後に加賀藩へと伝わったことから、彼の官名である「治部」を取って名付けられたと伝えられています。
一方で、調理風景そのものを写し取った「擬音説」も根強く支持されています。鴨肉や野菜を出汁の中で煮込む際、小鍋から「じぶじぶ」と音を立てて煮立つ様子から名付けられたという見解です。また、鎖国前の南蛮貿易を通じてキリスト教の宣教師(南蛮人)が伝えた野鳥の煮込み料理「ジビエ(gibier)」が訛ったのではないかという異説もあり、食文化のロマンを掻き立てます。
加賀藩前田家は文化振興に力を注ぎ、茶懐石の精神を町人文化や武家料理に融合させました。野鳥を巧みに美味しく食す庶民の知恵が、藩の御膳番(料理人)の手によって洗練され、現在の雅な加賀料理の代表格へと昇華していったのです。