小林旭の住まいについて調査を進めると、必ず浮上するのが「世田谷」と「目黒」という2つの地名です。ファンの間でも「世田谷の超豪邸に住み続けているのか、それとも目黒に移り住んだのか」と議論が交わされることが少なくありません。結論から言えば、この2つの地名は小林旭の人生の栄光と試練のフェーズをそのまま物語っています。
日活アクション映画の黄金期から歌手としての絶頂期にかけて、小林旭が居を構えていたのが世田谷区内の高級住宅街でした。敷地内に広大な庭園とプールを備え、幾台もの高級輸入車が並ぶその大豪邸は、まさに昭和の銀幕スターを象徴する城そのものでした。近隣住民の間でもひときわ目を引くランドマークであり、当時の週刊誌や芸能特番でもたびたび取り上げられていた記録が残っています。
しかし、バブル経済期のゴルフ場開発などの事業投資トラブルにより、小林旭は莫大な連帯保証債務を背負うことになります。責任を一身に引き受けた彼は、資産整理の一環としてこの世田谷の豪邸を手放す苦渋の決断を下しました。その後、生活基盤を再構築する中で選んだ拠点が目黒区内の落ち着いた邸宅街です。現在の目黒区の自宅は、過度な装飾を排しながらも重厚な門構えとプライバシーを徹底的に守る堅牢な造りが特徴で、訪れた関係者が「大御所俳優にふさわしい、静かで圧倒的なかっこよさがある」と口を揃える理由がここにあります。