昭和歌謡史に燦然と輝く名曲『異邦人』ですが、その原曲はまったく異なる世界観から生まれていました。もともと彼女が短大時代に書き上げたタイトルは『白い朝』。国鉄(現JR)中央線の車窓から見える八王子や立川の団地、日常の風景をスケッチした、フォーク調の素朴でプライベートな楽曲だったのです。
転機となったのは、CBS・ソニーの敏腕プロデューサー・酒井政利やディレクター陣の慧眼でした。当時、三洋電機(SANYO)のカラーテレビ「くっきりタテ7」のCMソングとしてタイアップが決定し、CMの撮影地が中央アジアのシルクロードであったことから、楽曲の全面的なリブランディングが図られました。
希代の名編曲家・萩田光雄の手により、イントロにダルブッカや中近東風のストリングスアレンジが施され、歌詞の一部もシルクロードの情景を想起させる形へと推敲。こうして、東京の日常を描いた私小説的フォークは、哀愁とエキゾチシズムが交錯する不朽のオリエンタルポップスへと昇華したのです。