事件の凶行は唐突であり、かつ計画的だった。神戸市須磨区で相次いで発生した小学生を対象とする襲撃事件は、やがて最悪の悲劇へと結実する。当時11歳だった土師淳君が命を奪われ、中学校の正門前に遺体の一部が晒されるという異例の猟奇的犯行。街全体が底知れぬ恐怖に凍りつき、保護者たちが子どもを送り出す日常は一変した。
初動捜査を主導した兵庫県警察は、犯行声明文の特異な文体や残虐な現場状況の分析に追われた。大人の不審者像を追う捜査線の先に現れたのは、拍子抜けするほど幼い顔立ちをした14歳の「少年A」だった。逮捕の報が日本中を駆け抜けた瞬間、人々の恐怖は底なしの困惑と社会的な戦慄へと変わっていった。