事件が残した爪痕は、被害者遺族にとって今なお癒えることはありません。命を奪われた男児の父親である土師守さんをはじめとする遺族は、手記出版への抗議活動のみならず、犯罪被害者の権利確立や司法制度の改革に向けて精力的な活動を続けてきました。
一方、加害者である少年Aの家族もまた過酷な運命を辿りました。事件直後に両親は離婚し、自宅は売却。家族は各地へ散り散りとなり、父親や母親の手記が出版されるなど、社会的な制裁と世間の厳しい視線に晒され続けることとなりました。
また、本事件は日本の法制度に歴史的な転換点をもたらしました。当時の少年法では16歳未満の刑事処罰が不可能でしたが、この事件を契機に法改正の議論が一気に加速。2000年には刑事罰の対象年齢が「16歳以上」から「14歳以上」へと引き下げられ、その後の少年法厳罰化や被害者参加制度の創設へとつながる決定的な引き金となったのです。