「トラストミー」発言の代償は極めて高くつきました。ワシントンにおける鳩山政権への信頼は失墜し、2010年4月にワシントンで開催された核安全保障サミットにおいて、オバマ大統領が鳩山首相との正式な二国間会談を拒否し、夕食会の場での立ち話(わずか十数分)で済ませるという異例の冷遇措置が取られました。米メディアも鳩山首相を「ルーピー(愚かな、変わり者)」などと痛烈に批判しました。
国内政治も連鎖的に崩壊へ向かいました。辺野古回帰の政府方針に反発した連立与党・社会民主党(社民党)の福島瑞穂党首が閣僚署名を拒否し、鳩山首相は福島氏を消費者・少子化担当相から罷免。社民党は連立政権から離脱し、政権の基盤は根本から揺らぎました。
沖縄の民意を裏切り、日米同盟を機能不全に陥れ、連立政権をも崩壊させた責任を取り、鳩山首相は2010年6月2日、就任からわずか8カ月余りで辞任を表明。退陣会見では政治資金問題(「故人献金」問題)とともに、普天間基地問題の迷走が直接の引責理由として挙げられました。