山本氏の殉職後、インターネット上の一部掲示板やSNSでは「危険と分かっている場所へ自ら行ったのだから自己責任だ」「無謀な突撃だったのではないか」といった冷淡な言説が散見されました。しかし、これらは紛争報道の実態と彼女のプロフェッショナリズムを著しく誤認した暴論です。
まず第一に、山本氏と佐藤氏は決して無軌道なスリルを求めて突入したアマチュアではありませんでした。彼女らは15年以上にわたり、コソボ、アフガン、イラクなどで蓄積した厳格な取材プロトコルを持っていました。現地の信頼できる案内人(フィクサー)の選定、複数ルートの確保、反体制派と政府軍の勢力図の綿密な分析、防弾ベストの着用など、当時可能な最高レベルのリスクアセスメントを徹底していました。
第二に、シリア内戦における市街戦は、従来の「前線と後方」が明確に分かれた国家間戦争とは異なり、路地を一本挟むだけで戦況が一変する非対称戦でした。さらにアサド政権側は、自らの残虐行為を世界に隠蔽するため、外国人ジャーナリストを意図的に標的(ターゲット・キリング)にしていた疑惑が国際人権団体から指摘されています。米タイム紙の女性特派員メリー・コルビン氏の死亡事件と同様、山本氏のケースもまた、正当な取材活動を行う記者に対する明白な国際人道法違反の攻撃だったのです。
現場を知らない安全圏からの「自己責任論」は、知る権利のために生命を賭す報道活動を萎縮させ、結果として独裁政権や軍事勢力による情報封殺・虐殺の隠蔽をアシストすることにつながります。この因果関係を冷静に認識する必要があります。