二人の物語が幕を開けたのは、1966年11月のロンドンでした。前衛芸術家として活動していたオノ・ヨーコが、最先端のアートスペース「インディカ・ギャラリー」で開催した個展のプレビューに、知人の紹介でジョン・レノンが訪れたことがすべての始まりです。
会場に置かれた脚立をジョンが登り、天井から吊るされた虫眼鏡で小さな文字を覗き込むと、そこにはただ一言「YES」と書かれていました。当時、冷笑的で破壊的な前衛芸術が多かった中、訪れた者を温かく肯定するそのメッセージにジョンは深い衝撃を受け、ヨーコという特異な才能に強く惹きつけられます。台の上に置かれた本物のリンゴを眺めたり、釘を打つ体験型アートにおいて「想像の5シリングを払って、想像の釘を打つ」とジョンが機転を利かせたりと、二人は瞬く間に精神的な共鳴を果たしました。
当時のポップカルチャー界隈行儀見習いでは知られていませんでしたが、オノ・ヨーコは日本屈指の由緒ある名門家系の出身です。父方の祖父は日本興業銀行総裁を務めた小野英二郎、母方の祖父は安田財閥の創業者である安田善次郎の三男・安田善三郎という、まさに日本の政財界を支えた超名門の血筋でした。幼少期から東京、サンフランシスコ、ニューヨークを行き来し、最高峰の教育と国際感覚を身につけていたヨーコの毅然とした自立心は、労働者階級出身で常に孤独を抱えていたジョンにとって、これまでにない知性と安心感をもたらす存在となったのです。