一方で、陰性T波がすべて破滅的な疾患を意味するわけではありません。特に10代後半から30代前半の若年層や、日常的に激しい運動を行うアスリート層において、右側胸部誘導(V1〜V3)に陰性T波が認められる現象は若年者の正常変異(小児型T波の残存)として知られています。成長に伴う胸壁の厚みや心臓の位置関係の変化によって生じるもので、器質的異常がないケースが大部分です。
さらに見過ごせないのが、精神的ストレスや過労による自律神経の乱れです。交感神経が極度に緊張すると、カテコラミンの大量分泌によって冠動脈の微小血管が一過性に痙攣(攣縮)を起こしたり、心筋細胞への負荷が増大して一時的なT波の陰性化や平低化を引き起こします。
代表的な病態として、強い精神的ショックを契機に左心室の先端が収縮不全に陥る「たこつぼ心筋症」があります。これは心筋梗塞と酷似した深い陰性T波と胸部不快感を呈しますが、冠動脈の閉塞はなく、多くは数週間から数ヶ月の安静と適切な心臓保護治療によって波形・機能ともに回復します。精密検査は、こうした「治療が必要なストレス性心疾患」と「緊急処置が必要な血管閉塞」を峻別するために行われます。