こん平の闘病中、その意志を最も近くで受け止めたのが弟子の林家たい平だった。『笑点』の代役として大喜利の席に座り、やがて正式メンバーとなったたい平は、師匠の代名詞である賑やかな芸風と故郷愛を継承した。
ここで、楽屋関係者の間で今も語り継がれる独占エピソードがある。闘病中、声を出すのも容易ではなかったこん平が、見舞いに訪れたたい平に手渡した一枚のメモがあった。そこには震える筆跡でこう書かれていたという。「上手い落語はいらない。客を温かくさせる落語をやれ」。技術の上にあぐらをかくことなく、観客の心に寄り添うことだけを考え抜いた師匠の教え。たい平はその言葉を胸に刻み、今も高座で客席を沸かせ続けている。