仲代達矢を語る上で避けて通れないのが、東京都世田谷区岡本に構える自宅兼稽古場「無名塾(仲代劇堂)」の存在です。静謐な住宅街に佇むこの稽古場は、かつて仲代達矢と宮崎恭子が私財を投げ打って建設した、日本演劇界の揺るぎなき聖地といえます。
90歳を超えた仲代達矢にとって、自身の健康維持とともに最大の課題となってきたのが「塾の終活と劇堂の将来」でした。一般的な家庭であれば、所有権や不動産は法定相続人である養女・仲代奈緒にそのまま単独相続されるのが通例です。しかし、仲代達矢が遺す資産の価値は、単純な金銭評価にとどまらず、演劇界全体の文化遺産としての性格を強く帯びています。
関係者の証言によると、仲代達矢は数年前から無名塾の新規塾生募集を段階的に停止し、自身が責任を持って直接指導できる範囲での活動に専念する決断を下しました。これは、創設者亡き後に看板だけを残して理念が形骸化することを極端に嫌う、芸術家としての厳格なプライドによるものです。劇堂の維持管理や知的財産の管理については、養女・仲代奈緒と無名塾の幹部同門生たちが緊密に連携を取り、仲代の遺志を尊重した公益的保存の道筋が整えられています。血族間のドロ沼の遺産争いとは対極にある、極めて清廉で統制された終活が進められています。