日本のポップス史において、菊池常利の名を不動のものにした決定的な出来事が、1999年11月3日にリリースされた嵐のデビューシングル「A・RA・SHI」の作詞提供です。CD売上約97万枚を記録し、今なお国民的アンセムとして歌い継がれるこの楽曲には、知られざる舞台裏が存在します。
当時、フォークデュオ「LA-LA Deux(ララドゥ)」のボーカル・ギターとして活動していた菊池常利のもとに、旧ジャニーズ事務所の創業者であるジャニー喜多川氏から直接「新しいグループのデビュー曲を作詞してほしい」と打診がありました。提示されたコンセプトは「世界中に嵐を巻き起こす、若者たちの強い意志とエネルギー」。
菊池常利は、世紀末の閉塞感を吹き飛ばすような疾走感あふれる言葉を紡ぎ出しました。サビの印象的なフレーズはもちろん、「ボクらはいつも探してる でっかい愛とか希望探してる」という率直なメッセージは、当時まだ10代半ばだった嵐の等身大の焦燥感と情熱を見事に言語化したものです。
この楽曲で作詞者としてクレジットされた謎の人物「J&T」の正体こそ、ジャニー喜多川氏(Johnny)と菊池常利(Tsunetoshi)の頭文字を合体させた特注のペンネームでした。「アイドルソングの枠を超え、聴く者全員の背中を押す普遍的な応援歌にしたい」という2人のクリエイターの合意から生まれたこの名曲は、四半世紀以上が経過した2026年の現在でも色あせない輝きを放ち続けています。