PL花火を唯一無二の存在たらしめていたのは、日本の煙火業が誇る最高峰の技術力だった。なかでも長年メインの製造・打ち上げを担当してきた光屋窪田煙火工場の手腕は圧倒的で、音楽と花火を完璧に同調させる演出や、空一面を黄金色で染め上げるワイドスターマインは世界的な評価を受けていた。
しかし、花火製造の現場もまた、火薬原料の高騰や熟練職人の後継者不足という構造的な課題に直面している。PL花火のような超巨大規模の打ち上げは、職人たちにとっても数カ月がかりの過酷なプロジェクトであり、発注規模の不透明さや安全基準の厳罰化が、製造現場の負担を極限まで押し上げていた。