平内投手のキャリアを語る上で避けて通れないのが、2026年11月に行われた右肘の鏡視下クリーニング手術と、それに伴う育成契約への移行です。ルーキーイヤーからリリーフとして53試合に登板し、4勝4敗13ホールドと奮闘した2026年シーズン終了直後、球団から発表された育成契約への切り替えはファンに大きな衝撃を与えました。
背番号が「11」から3桁の「011」へと変更された際、本人は当時の囲み取材で「悔しさがないと言えば嘘になる。ただ、肘を万全にしてもう一度一軍の戦力になることだけを考えて前を向く」と語っていました。名門・神戸国際大付高校から東都の雄・亜細亜大学野球部へと進み、厳しい鍛錬をくぐり抜けてきた男の雑草魂が、この逆境で火を噴くことになります。
手術後のリハビリ期間において、平内投手は単なる患部の回復にとどまらず、動作解析を取り入れた根本的なフォーム改善に着手しました。肘に負担をかけないための「下半身主導の重心移動」と「胸郭の回旋運動」を徹底的に叩き込み、従来の腕の振りの強さに頼る投球から、全身の運動連鎖を無駄なくボールに伝えるメカニクスへと進化させたのです。
その結果、2026年5月には早くも支配下登録を勝ち取り、背番号は「66」へ。手術前は最速154km/h前後だった直球は、患部の引っかかりが解消されたことと新フォームの相乗効果によって自己最速157km/hをマークするまでに跳ね上がりました。「怪我の功名」という言葉では片付けられない、科学的なアプローチと血のにじむような反復練習が生んだ球速アップの真相がここにあります。