作品に宿るリアリティの根源を解き明かす鍵は、作者自身の生い立ちにあります。新海誠監督の出身地は、長野県南佐久郡小海町(こうみまち)です。八ヶ岳の東麓に位置するこの高原地帯には、八ヶ岳の噴火と山体崩壊によって形成された天然湖「松原湖(猪名湖)」や大月湖が存在します。周囲を深い山林に囲まれ、冬には氷結するこの静かな水辺こそが、監督の幼少期に原体験として刻み込まれた風景でした。
地元メディアや文芸誌の手記において、監督は少年時代に過ごした信州の澄んだ大気、刻一刻と表情を変える夕空、山あいに孤立する湖水の美しさを度々語っています。作中に登場する君の名はの糸守町ロケ地の空気感――都会の喧騒から隔絶された時間の流れや、どこか神秘的な山岳信仰の気配――は、小海町の風土が色濃く投影されたものです。
一方で、映画後半で明らかになる「隕石の落下によって抉り取られた巨大な二重カルデラ」という壮大なスケール感を表現するには、周囲約2kmの松原湖では視覚的迫力が足りません。そこで重ね合わされたのが、信州一の面積を誇る諏訪湖の巨大なスケール感でした。中央構造線と糸魚川静岡構造線が交差する地質学的エネルギーを秘めた諏訪盆地の地形構造が、監督の心象風景と結びつき、フィクションならではの壮大なスペクタクルを創出しました。つまり、君の名はの長野県聖地巡礼において諏訪湖を訪れることは、監督の個人的ルーツ(小海町)と映画的ダイナミズム(諏訪盆地)の接点に触れる行為に他なりません。