国語学者や日本語史の研究において、なぜカ行変格活用が「来る(く)」の1語(およびその複合語)しか残っていないのかという問いは、言語の進化論において非常に明快な説明がなされています。
1. 「使用頻度の高さ」が不規則な形を守り抜いた
言語学の基本原則として、「日常会話で最も頻繁に使われる言葉ほど、古い不規則な形がそのまま残る」という法則(高頻度語の保守性)があります。英語でも最も日常的に使われる「be動詞(am, is, are, was, were, been)」や「go(go, went, gone)」が極めて不規則な変化をするのと全く同じ現象です。
古代日本語において、人間の移動や存在を示す「行く」「来る」「す(為る)」などの基本語は、毎日の生活の中で膨大な回数発話されていました。頻繁に使われない一般的な動詞は、時代の流れとともに発音しやすい「四段活用」や「一段活用」などの規則的なパターンへと統一(類推作用)されていきましたが、「来る」だけは発話頻度があまりにも高かったため、古代の変則的な母音交替が崩れることなく現代まで生き残ったのです。
2. 語幹と活用語尾の区別がつかない構造的理由
学校文法で多くの生徒が戸惑うのが、「来る」には「語幹と活用語尾の区別がない」という文法ルールです。例えば五段活用の「書く」であれば、「書(kak-)」という語幹に対して「-a / -i / -u / -e / -o」と語尾がつきます。
しかしカ変の「来る(古文:く)」は、語幹そのものが「k-」という子音1つだけであり、母音が「ko / ki / ku / kure」と語幹内部で激しく変動してしまいます。1文字の漢字「来」の中に語幹と変化部分の両方が同居しているため、文法上「語幹と語尾を切り離すことができない動詞」として扱われるのです。