この論争の発端は、1970年代初頭にさかのぼります。関西学院大学を中退した小池氏は、1972年にエジプトへ渡り、カイロのアメリカン大学でアラビア語を学んだ後、カイロ大学文学部社会学科へ入学したとされています。帰国後はアラビア語通訳やニュースキャスターとして活躍し、「カイロ大学を日本人女性として初めて、しかも首席で卒業した」という触れ込みで華々しく政界へ進出しました。
疑惑の火種が本格的にくすぶり始めたのは、1990年代初頭の週刊誌報道でした。当時同居していた日本人女性による「彼女は進級試験に通っておらず、卒業していない」という証言が浮上。長年決定打を欠いたまま推移していましたが、2026年にノンフィクション作家・石井妙子氏が著した『女帝 小池百合子』によって、具体的な同居人の日記や書簡が白日の下に晒され、社会的な大炎上へと発展しました。
事態が決定的な転換点を迎えたのは2026年4月です。小池氏の元側近であり、弁護士で元東京都庁専門公務員の小島敏郎氏が月刊『文藝春秋』において、2026年のカイロ大学声明文が「小池氏側の依頼によって作成された偽装工作であった」と告発する手記を発表。元側近による実名告発と詳細な電子メール履歴の存在は、政治的プロパガンダの枠を超え、刑事告発へと発展する異例の事態を引き起こしました。