鎌倉時代初期の混乱期において、土地の所有権や年貢の徴収権をめぐるトラブルは絶えなかった。全国の御家人から寄せられる膨大な訴状や請願書をさばくには、高度な「公文書管理」の手法が不可欠だったのだ。公文所内部には案主や執筆といった専門職が配置され、下文や裁許状などの公式文書が緻密な書式に基づいて作成された。
文書一つに押された花押の真偽検証や、過去の裁定記録との照合システムは、現代の公文書館や行政データベースの先駆けとも評価される。文字を持たない武士も多かった時代に、文書という視覚的・法的な証拠を用いて全国の武士団を平伏させた頼朝の戦略は、まさに情報戦の勝利であった。