1990年代半ば、ジャニーズJr.としてのキャリアをスタートさせた大野智。だが彼の歩みは、決して平坦なエリートコースではなかった。周囲が華やかなテレビ番組で脚光を浴びる中、彼は単身、京都へと渡る。劇団四季出身のプロダンサーらに囲まれ、連日1日5公演という過酷な舞台『Kyo to Kyo』に身を投じたのだ。
観客が数人しかいない日もあった。しかし、大野は逃げなかった。無心で踊り続け、無言で技を磨いた。劇場の楽屋に泊まり込み、自身のダンス表現を徹底的に追い詰めたこの京都での日々こそが、のちに無重力と称される異次元のステップを生み出す土台となった。「ダンスに関しては誰も大野に追いつけない」と言わしめた伝説は、この泥臭い修行期間に完成したのである。