本作を深く理解する上で欠かせないのが、旧約聖書の「創世記」に登場する人類最初の兄弟殺害事件、カインとアベルの物語とのリンクです。
スタインベックは登場人物たちの名前に意図的な仕掛けを施しました。アダム(Adam)は人類の始祖アダム、そして兄弟であるキャル(Cal)の頭文字「C」はカイン(Cain)を、アロン(Aron)の頭文字「A」はアベル(Abel)を象徴しています。
【『エデンの東』の人物相関と神話的象徴】
・アダム・トラスク(父):神の視点を持つ絶対的正義の体現者。しかし、融通が利かず息子の本質を見抜けない盲目さを持つ。
・キャル・トラスク(弟/カイン):激しい気性と孤独を抱える。神(父)から捧げ物を拒絶され、嫉妬と絶望に苦しむ。
・アロン・トラスク(兄/アベル):無垢で誰からも愛される優等生。しかし純粋すぎるがゆえに世界の悪や不完全さに耐えられない。
・ケイト(母/エヴァ):家庭を捨て悪徳の街で生きる冷徹な母。キャルの内に潜む「悪の衝動」の遺伝元とされる存在。
・アブラ(ヒロイン):アロンの婚約者でありながら、彼の潔癖さに息苦しさを感じ、キャルの不完全な人間臭さに惹かれていく理解者。
聖書の中で、土を耕す兄カインと羊を飼う弟アベルはそれぞれ神に収穫物を捧げますが、神はアベルの捧げ物だけを喜色満面で受け取り、カインの供物を顧みませんでした。この「理不尽な贔屓」に傷つき逆上したカインがアベルを野原へ誘い出して殺害したように、映画のキャルもまた、父アダムに丹精込めた金を拒絶されたことで、兄アロンを破滅へと誘うのです。
タイトルの由来と意味もまさにここにあります。アベルを手にかけたカインは神から追放され、「主の前を去りて、エデンの東、ノドの地に住みぬ」と聖書に記されています。すなわち「エデンの東」とは、楽園(エデン)から追放された人間たちが、自らの罪や不完全さ、苦悩を抱えながら生きる「現実の世界」そのものを指しているのです。