いまや名実ともに日本を代表する役者である彼だが、その出自は意外にもお笑いの世界にある。若い頃は落語家を目指し、その後『お笑いスター誕生!!』で素人勝ち抜きチャンピオンとなり、ピン芸人として世に出た。コミカルな語り口と軽妙なキャラクターで人気を博した彼だったが、表現者としての探求心はそこで止まらなかった。
演技の土台を固めるべく足を踏み入れたのが、柄本明らが立ち上げた名門「劇団東京乾電池」だった。アングラ精神と独自の笑いが交錯する劇団での過酷な鍛錬が、彼の人間観察眼と間(ま)の取り方を徹底的に研ぎ澄ませた。滑稽さと悲哀が背中合わせとなった独自の表現スタイルは、この劇場空間での泥臭い下積み時代に醸成されたものだ。