この楽曲がレコーディングされた1969年1月、ビートルズは事実上の崩壊期を迎えていました。原点回帰を目指して行われた「ゲット・バック・セッション」は、寒々としたロンドンのトゥイッケナム・映画撮影スタジオで実施され、機材トラブルとメンバー間の冷戦が常態化していました。
主導権を握ろうと必死に指示を出すポールに対し、オノ・ヨーコとの世界に没頭するジョン・レノン、自作曲を軽視されて不満を募らせるジョージ・ハリスン。ついにジョージが「バンドを辞める」と言い放ってスタジオを飛び出す事態まで発生しました。ビートルズ解散危機の真相とは、音楽的対立以上に、青年期を共に駆け抜けた親友同士が「大人」になり、精神的バウンダリー(境界線)の衝突に耐えきれなくなった家庭的解体劇だったのです。
混迷を極めた音源は一度棚上げされ、ビートルズは名盤『Abbey Road』を制作・先行リリースします。その後、放置されていた未完成テープをプロデューサーのフィル・スペクターが過剰なオーケストラと合唱で彩り、バンド解散直後の1970年5月に世に出たのがビートルズ最後のアルバム詳細まとめにおける『Let It Be』です。
音源の仕上がりを巡っては、メンバー間でも激しい対立が生じました。以下の比較データは、バージョンごとに込められた意図と解釈の相違を明瞭に示しています。
スタジオでの生のアンサンブルを好んだポールは、無断で壮大なアレンジを加えたスペクターのアルバム版に激怒し、これが正式なバンド脱退発表と泥沼の法廷闘争の引き金となりました。美しく崇高なメロディの裏には、10代から苦楽を共にした4人の絆が完全に引き裂かれる断末魔の叫びが刻まれていたのです。