栗城史多という人物を語る上で避けて通れないのが、山岳界・専門家たちからの激しいバッシングです。彼がテレビ番組や講演会でヒーローとして扱われる一方、山岳専門誌『山と溪谷』やトップクライマーたちからは極めて冷淡、あるいは痛烈な非難の目が向けられていました。その批判理由は大きく分けて3点に集約されます。
第一に、「単独・無酸素」という看板の実態です。国際的な登山ルールにおいて「単独登頂(ソロ)」とは、他者の支援を受けず、フィックスロープ(固定ロープ)を使用せず、ベースキャンプ以上の荷揚げを自力で行うスタイルを指します。しかし栗城氏の登山は、シェルパが事前にルート工作を行い、テントや食料を荷揚げしたインフラを利用した上で、最終アタック時のみ「1人で歩く」というスタイルでした。これを「単独」と表現することに対し、プロの登山家たちから「言葉の欺瞞であり、登山界への冒涜」と強い反発が生じました。
第二に、登攀時期の不自然さです。エベレスト登頂の成功率が高いのは気候が安定する春(5月)ですが、栗城氏はあえてモンスーン明けの秋季(9〜10月)に繰り返し挑戦しました。秋季はジェット気流が吹き荒れ、気温がマイナス40度以下まで急降下するため、現代の商業登山では登頂確率が数パーセントにまで落ち込みます。「不可能に近い季節をあえて選ぶことで、『登頂失敗』を前提にしたドラマ(劇場)を演出しているのではないか」という疑惑がつきまとうことになりました。
第三に、技術的実力と発言の解離です。ネット配信黎明期において、彼は小型カメラを持ち込み「冒険の共有」を訴えることで数千万円単位のスポンサーマネーを集めました。しかし、純粋なアルパインクライミングの技術水準としては「国内の難ルートを単独走破する基礎体力すら不足している」とベテラン勢から見抜かれていました。