ネット上の掲示板やSNSで定期的に巻き起こるのが、「勝率が高くG1を量産した馬こそが一番愛されるべきだ」という最強論理と、人気投票結果とのギャップに対する論争です。ここには、競馬という文化が持つ特有の盲点と誤解が存在します。
誤解①:負けない馬ほどファンが多いという錯覚
スポーツ全般において連勝記録は賞賛の対象ですが、日本の競馬ファンの心理構造においては、「完全無欠の無敗馬」よりも「手痛い挫折を経験し、そこから這い上がってきた馬」の方が、圧倒的に強固なファンダムを形成します。ディープインパクトが無敗のまま凱旋門賞へ挑んだ際の熱狂も凄まじいものでしたが、国内で唯一ハーツクライに敗れた2005年有馬記念や、引退レースで見せた完成された走りを経て、人気はさらに多層的な深みを獲得しました。「挫折の不在」は、時に大衆の感情移入を遠ざける要因にもなり得るのです。
誤解②:海外高額レースの制覇がそのまま国民的人気に結びつくという誤認
2026年代に入り、サウジアラビアやUAE、アメリカのブリーダーズカップなど、日本馬が海外で莫大な賞金を獲得するケースが日常化しました。これにより「世界最強」の称号を手にした馬は増えましたが、日本国内のライト層まで巻き込んだ「国民的社会現象」に発展するかといえば、必ずしもそうではありません。真夜中の海外中継よりも、週末の午後に地上波テレビの前で家族と観戦した有馬記念や日本ダービーの記憶こそが、何十年にもわたる愛着の土台を築くという事実は見落とされがちです。