歴代の達成者のなかでも、燦然と輝く金字塔を打ち立てたのが王貞治三冠王の連覇と、前人未到の3度獲得を誇る落合博満三冠王記録です。
1973年・1974年に2年連続で三冠王を獲得した王貞治氏は、当時すでに通算本塁打記録を驀進していた大打者でした。荒川博コーチとの血のにじむ特訓の末に完成させた一本足打法は、相手投手に「投げるコースがない」と言わしめるほどの威圧感を放ちました。王氏の凄みは、年間100個以上の四球攻め(1974年は158四死球)という極限の警戒網に晒されながら、数少ない甘い球を確実に仕留めて高打率と本塁打を両立させた精神力にあります。
そして、昭和の球界に異次元の打撃理論を持ち込んだのが落合博満氏です。1982年に史上最年少(当時28歳)で初の三冠王に輝くと、1985年には打率.367、52本塁打、146打点という驚異的なスタッツを叩き出し、翌1986年にも連続達成を果たしました。落合氏は自著やインタビューの中で次のような生の告白を残しています。
「三冠王は、偶然狙って獲れるものじゃない。首位打者と本塁打王という、本来は水と油のタイトルを同時に獲るには、最初からすべてを計算し尽くして打席に立たなきゃ無理なんだ」
引っ張るだけでなく、ライト方向へ軽々と本塁打を叩き込む「神主打法」。落合氏は相手投手の思惑を完全に読み切り、配球やカウントごとの打撃アプローチを完璧にコントロールしていました。単なる身体能力ではなく、極限まで研ぎ澄まされた打撃技術と配球眼が三冠王の原動力であったことを実証したのです。