康弘氏の名が予期せぬ形で世間に広まったのが、2016年の鈴木敏文氏電撃退任劇でした。事の発端は、セブン-イレブン・ジャパン社長であった井阪隆一氏(現セブン&アイ・ホールディングス社長)の退任・交代を敏文氏が提案したことでした。
この人事案に対して、米国の著名アクティビスト(物言う株主)であるサード・ポイントのダニエル・ローブ氏が強烈な異議を申し立てました。「敏文会長は実績のある井阪氏を排除し、次男の康弘氏を将来のグループ後継者として据えようとしているのではないか」という世襲問題の疑惑を提起したのです。
2016年4月7日に開催された取締役会において、井阪氏の退任案は賛成7票・反対6票・棄権2票となり、可決に必要な過半数に届かず否決。敏文氏は記者会見を開き、自らの退任を発表しました。
会見の場で敏文氏は「康弘を社長にする気など毛頭なかった」「世襲など考えたこともない」と強く否定。事実、康弘氏の担当職務はIT・オムニチャネル推進に特化しており、店舗運営の現場を統括するポストではありませんでした。しかし、メディアや市場の「世襲批判」の過熱により、康弘氏もまた同年末にグループの役職をすべて退くこととなったのです。