一世風靡セピアの活動休止後、柳葉敏郎は活動の主軸をテレビドラマへと移行させます。1980年代後半から1990年代初頭にかけて吹き荒れたトレンディドラマブームの中で、彼は『愛しあってるかい!』(1989年)や『すてきな片想い』(1990年)などに立て続けに出演。陣内孝則らとともに「トレンディドラマの顔」として若者たちの恋愛模様を華やかに演じました。この時期の彼は、二枚目でありながらコミカルに振る舞う「愛すべきお調子者」のポジションを確立し、抜群の好感度を獲得します。
しかし、1997年にスタートしたフジテレビ系ドラマ『踊る大捜査線』の警察庁キャリア官僚・室井慎次役は、それまでの柳葉敏郎のパブリックイメージを180度覆す決定打となりました。眉間に深い皺を刻み、感情を押し殺して官僚組織の矛盾と闘う室井の姿は、織田裕二演じる現場の刑事・青島俊作との対比によって国民的な支持を獲得します。
だが、この名キャラクターの誕生には知られざる苦悩がありました。当初、感情を激しく表に出す芝居を得意としていた柳葉敏郎は、「一切笑わず、感情を露わにしない無表情な演技」を求める演出陣の方針に強いフラストレーションを感じ、第1シーズンの撮影中には「自分の芝居が死んでいる」「室井役を殉職させて降板させてほしい」と脚本家の君塚良一やプロデューサーに真剣に直訴したという事実が明かされています。
自らの役者としての本能を極限まで抑え込み、内省的な葛藤を背中で語る芝居へと昇華させた結果、室井慎次は日本ドラマ史上屈指のアイコニックなキャラクターとなりました。2026年秋に公開された2部作の映画『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』において、柳葉敏郎が演じる室井が歩んだ激動の半生の総括が描かれ、映画館には往年のファンから新たな世代までが詰めかける社会現象となりました。