落合信彦氏の名前を日本全国のお茶の間に決定づけたのが、1987年に発売されたアサヒビール「スーパードライ」の初代テレビCMです。ヘリコプターから降り立ち、風に吹かれながら「辛口・生」の缶を掲げる姿は、当時の日本人に「国際社会で戦うタフなビジネスマン像」を強烈に印象付けました。
高校中退後に単身渡米し、皿洗いや肉体労働で学費を稼ぎながらペンシルベニア州のオールブライト大学を卒業。その後、オイルビジネスに関わりながら国際ジャーナリズムの世界へ飛び込んだという経歴は、高度経済成長からバブル景気へと向かう日本社会の熱気と完璧に合致していました。
モサド(イスラエル諜報特務庁)の元高官への単独会見、ケネディ暗殺の真相究明、南米や中東の紛争地への潜入取材など、当時の日本の一般的なメディアでは到達できなかった領域に切り込む取材スタイルは、一大「ノブヒコ・ブーム」を巻き起こしました。